入院してから、今まで何とも思っていなかったことに、敏感になるようなことがいくつかありました。病気は、なった人でないとその辛さはわからないとよく言われますが、「患者の気持ち」というものも、病気の種類や病状の程度によって違うような気がします。
癌の患者さんや糖尿病の患者さんと、私のような足と腰を骨折したものとでは、多少の共通項はあるにしても、デリケートな気持ちの部分では違いがあるのではないでしょうか。
以下に書いた内容は、骨折で入院した「患者の気持ち」です。
【見られること】
手術が終わって数日経過した頃から、病棟から1回にあるリハビリテーション科に毎日往復するようになりました。
右足の先から膝のあたりまで包帯とギブスで固められ、上半身には大きなコルセットを装着した状態で、痛みに耐えながら車椅子をノロノロと動かしている姿は、たとえ病院のなかでも目にとまりやすいのでしょう。
面会に来た人などから、時々ジロジロと見られてしまいます。なかにはジロジロではなくジーッと見つめる人もいます。ついちょっと前までは、元気に歩いていたのに、このような情けない姿になってしまったという気持ちが、視線を感じることで余計にネガティブになってしまいます。
他の患者さんに聞いたわけではありませんが、「ジロジロ見ないで!」と思っている人って多いのではないでしょうか。
【励ましの言葉】
手術前のインフォームドコンセントにおいて、踵(かかと)の部分が細かく砕けたような感じの骨折なので、完全に元通りにするのは難しいと聞かされていました。
ましてや入院も初めてであれば手術も初めてです。手術の前の夜は、いろいろなことが頭に浮かび、とても不安でした。
そんな時、夜担当の看護師さんが就寝前の巡回に来てニッコリ笑い、「明日の手術、スタッフ皆で一生懸命頑張るからね」と言ってVサインをしてくれました。この言葉はとても気が楽になりました。
もし逆に、私に「頑張って」と言って励まされていたら、そのような気持ちになれなかったかもしれません。なぜなら、麻酔をされた手術台の上では「まな板の上の鯉」で、頑張りようがないからです。
入院していると、結構ひとつひとつの言葉に敏感になっているようです。
【面会人】
入院すると、職場の同僚や友人、親戚の人などがお見舞いに訪れてくれますが、病状によっては、あまり早い時期に来てくれるのもちょっと考えものです。
私は、入院してから手術するまでの1週間は、痛みに耐えながらベットの上で安静にしていなければなりませんでした。腰椎を圧迫骨折していたので、寝返りをうつにも激痛が走ります。
そういう時は、人に会うのが本当に辛いです。ましては、どうしてこんなことになったのかと必ず質問をされます。正直なところ、メールなどで気づかってもらたほうが、どれほど嬉しいことでしょうか。
病状が重かったり手術などがある人のお見舞いは、家族などに状況を確認してから行くようにしたほうが無難です。
【患者同士が仲良くなること】
病気やケガをしたりすると、何が大変でどういう辛さなのかを、周囲に理解してもらいたいという心理が働いたり、依存度が高くなると聞いたことがあります。
私の場合、依存度については、なるべく自分でやろうと心がけたつもりですが、痛みや、自由に動けない苛立ち、どの程度まで良くなるのかという不安などは、家族をはじめとした周囲の人に理解してもらいたいと強く思いました。
でも、同じ痛み(心も身体も)を分かち合えるからでしょうか、一番の理解者は同じところを骨折して入院している人でした。これは年齢も性別も関係ありません。大切なことは、お互いの状態を理解した上で、ポジティブな考えや会話をするように心がけることだと思います。
病院では、仲良くなった同士が愚痴を言ったり、主治医の悪口を言ったりしているのをよく耳にしました。これってヒマつぶしにはなりますけど、病状を回復するには決してプラスにはならないような気がします。
【入院期間】
退院する時期は医師の判断によるものですが、私の周りではもう少し入院していたいという人が結構多くいました。
私は、退院の日が待ち遠しかったのですが、入院している患者さんのなかには高齢で一人暮らしの方も多く、そのような方たちは退院後の生活も不自由を強いられ、また、リハビリに通院するのも大変だというのがその理由です。
全快とはいかないまでも、もう少し良くなるまでというのが本心のようです。ところが、私の見たところ、2ヶ月くらいが限度のようで、私のように3ヶ月も入院している人はあまりいなかったような気がします。
あとからわかったことですが、行政指導などもあり、昨今の病院では入院期間の短縮化は当たり前のようです。
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